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第六話 邂逅

Author: 春埜馨
last update Last Updated: 2025-09-15 10:23:40

あれから叶わぬ慕情を抱き、あれこれと思い煩っていると、気がついたら朝陽が昇っていた。

|墨余穏《モーユーウェン》は寝台から気怠く起き上がり、椅子に掛けておいた黒い衣に着替え、書いておいた呪符を胸に忍ばせて部屋を後にする。

宿屋を出てすぐ、|一枚の神通符がこちらに向かって飛んで来るのを感じた。

|墨余穏《モーユーウェン》は右手でそれを瞬時に掴み、神通符に書かれてあった文字を読む。

『|鳥鴉盟《ウーヤーモン》襲撃。至急援助を求む』

「まだ朝だぞ……。いつから鴉は夜行性じゃなくなったんだ?」

|墨余穏《モーユーウェン》は独り言を呟きながら、神通符を手で握り潰し、|緑琉門《りゅうりゅうもん》へ向かった。

昨日行った裏庭ではなく、|墨余穏《モーユーウェン》は正面の門が見える場所へ移動し、高い木の枝に登って身を潜めながら全体を見下ろした。

すると、ちょうど|青鳴天《チンミンティェン》率いる鴉の大群と、|葉風安《イェフォンアン》たちと各門派たちの数名が対峙しているのが見える。

|寒仙雪門《かんせんせつもん》の|一恩《イーエン》と|一優《イーユイ》はいるが、|師玉寧《シーギョクニン》の姿はないようだ。

|墨余穏《モーユーウェン》はどこか安心を得るように心を撫で下ろしていると、突然緑琉門の門主・|葉誉《イェユー》の怒声が境内全体に響き渡った。

「どういうつもりだ! |青《チン》少主! 娘はやらんと何度も言っているだろう! 何故こんなことをする! |天文山《てんもんざん》の掟に反するぞ!」

「ふんっ。何が掟だ! 今や力のない天文山の掟など、くだらねぇ! 生きてるか死んでるかも分からねぇ、あの盲目のジジイの言うことなど聞く必要ねぇーだろ」

黙って聞いていた|葉風安《イェフォンアン》が、声を荒げる。

「|道玄天尊《ドウゲンテンズン》を侮辱するな! お前たちのせいで三神寳が無くなった今でも、あのお方がいらっしゃるからこうして均衡を保てているのだ! お前たちの領地にも、どれだけ尽力してくださっているのか分からないのか!」

「黙れ! 貴様、誰に向かって口をきいてぇんだ! あのジジイが尽力だと? 寝言は寝て言え! 我々、鳥鴉盟を追放したのはあのジジイだぞ!」

|青鳴天《チンミンティェン》は怨色を見せながら、唾と悪声を飛ばした。怒りが収まらないといった様子で剣を鞘から抜き出し、その漆黒の刃を門派たちへ向ける。

「俺に勝てたら続きを聞いてやる。さぁ、かかってこいよ!」

|葉風安《イェフォンアン》以外は一斉に剣を抜き出し|青鳴天《チンミンティェン》に刃を向けた。|葉風安《イェフォンアン》は胸元から翠緑の羽根扇子を取り出し、バッと天を仰ぐように開く。すると、その羽根扇子から見る見る大きな風が渦を巻き始め、|葉風安《イェフォンアン》が羽根扇子を振り下ろすと同時に、鳥鴉盟の門弟たちを勢いよく吹き飛ばした!

(おいおい、どこが弱いだよ|風立《フォンリー》。強いじゃないか! )

木の上から見下ろしていた|墨余穏《モーユーウェン》は、口に葉を咥えながら関心する。

|葉風安《イェフォンアン》は負けじと攻撃を加え出した。

胸から鳥の形をした呪符を取り出し、「オウギバシ」と唱え、その呪符を羽根扇子で仰ぐようにして飛ばした。すると、呪符からオウギバシが浮き上がり、|青鳴天《チンミンティェン》を攻撃し始める。|葉風安《イェフォンアン》は、自然界のものを自由自在に操れる特殊な仙術を持ち合わせており、武力や剣術が無くとも十分に戦える相手だ。

|葉風安《イェフォンアン》が操るオウギバシは、鋭い嘴で|青鳴天《チンミンティェン》の腕や顔の皮膚を引き裂き、血が滲むような深傷を負わせていく。

しかし、突然どこからともなく飛んできた細長い二本の|蛾嵋刺《かびし》が、オウギバシの胴体を射抜いた。

オウギバシは瞬く間に地面にひれ伏し、風が去るように目の前から消えていく……。

「いやはや、そんな術があるとはね。凄いな天文山の連中は。噂通りだ」

威圧的な気配を捲し立てて突如舞い降りてきたのは、あの最強の突厥|阿可《アーグァ》だった。

「|阿可《アーグァ》殿! お待ちしておりました!」

血まみれの腕を隠しながら、|青鳴天《チンミンティェン》は|阿可《アーグァ》に迎合する。

|阿可《アーグァ》はそんな|青鳴天《チンミンティェン》を一瞥し、鼻で笑った。

「お前、弱いんだな」

|阿可《アーグァ》の侮辱とも取れる思わぬ発言に、|青鳴天《チンミンティェン》の拳に僅かな力が入ったのを、|墨余穏《モーユーウェン》は見過ごさなかった。

(完全な従順って訳ではなさそうだな)

|墨余穏《モーユーウェン》は|阿可《アーグァ》たちの様子を見ながら、枝の尖った部分で右手の甲を勢いよく滑らせ、意図的に出血させた。胸元に忍ばせておいた呪符を取り出し、垂れ下がってくる血を呪符に付着させる。

自らの血を分け与えることによって、呪符の効力は三倍に及ぶ。|墨余穏《モーユーウェン》は自分の出る幕を伺いながら、引き続きその場で様子を見守った。

「んで、こいつら全員始末すればいいのか?」

|阿可《アーグァ》は薄気味悪い笑みを浮かべて、|青鳴天《チンミンティェン》に尋ねた。

|青鳴天《チンミンティェン》は傷に触れながら頷き、脇に身を寄せる。

|葉風安《イェフォンアン》は、また羽根扇子を天に向けて仰ぎ、轟々と音立てながら風を操った。|阿可《アーグァ》と対峙した門派たちも、剣や呪符を駆使して果敢に攻めていく。

しかし、一刻もしないうちに|阿可《アーグァ》と対峙した門派たちは次々と|阿可《アーグァ》に攻撃を躱わされ、一撃を加えられてしまう。

剣を折られ立ち上げれない者、血を吐きながら倒れ込む者、|阿可《アーグァ》の威力は凄まじかった。

遂に堪忍袋が切れた|葉誉《イェユー》は、地面に|神呪《しんじゅ》を唱え、|刀印《とういん》を結んだ。

「鴉か突厥か何だか知らんが、この土地と娘は誰にも譲らん! わしを殺したければ殺せばいい。だが、お前たちも諸共死ぬように神呪を唱えた! さぁ、やってみろ!」

威勢よく|葉誉《イェユー》は言葉を放ったが、|阿可《アーグァ》は腹を抱えて笑い始めた。

「あははははっ! そんなので俺に勝てるとでも思ってるのかジジイ。俺はな、呪を解くのが得意でね。親切に唱えてくれた神呪もこれで無効だ」

|阿可《アーグァ》は|環《かん》と呼ばれる紐のついた|壁玉《へきぎょく》を首からぶら下げて見せた。

「特殊な壁玉でさ、どんな呪符も呪文も躱わせちゃうってわけ。悪いが、時間がないんだ。そろそろ終わりにしよう」

黄ばんだ歯を見せながら、|葉風安《イェフォンアン》と|葉誉《イェユー》に攻撃を加えようとした刹那、首からぶら下がっていた壁玉の穴に何者かが投げた蛾嵋刺が当たり、壁玉はバリっと砕け、蛾嵋刺はそのまま|阿可《アーグァ》の胸に突き刺さった。

|阿可《アーグァ》は口から血を吐き、胸元を庇うように倒れ込んだ。

皆、何が起きたのか分からないでいると、木陰から一人の男が一つに結った長い髪を揺らしながら歩いてくる。

「はははっ、余所者のお前も大概弱いぞ」

「|墨逸《モーイー》兄!」

|墨余穏《モーユーウェン》に気づいた|葉風安《イェフォンアン》は目を輝かせて、手を振る。

横にいた|葉誉《イェユー》は目を丸くし、

「本当に|、墨余穏《モーユーウェン》なのか……」と呟いた。

|墨余穏《モーユーウェン》は|葉誉《イェユー》に拱手をしながら近づき、「お久しぶりです、|葉《イェ》宗主」と挨拶する。

久しぶりの再会に|葉誉《イェユー》は目の淵を潤わし、|墨余穏《モーユーウェン》の腕を撫でた。

周りにいる他の門派たちも、|墨余穏《モーユーウェン》の存在を知っている者は感嘆し、知らない者は"かつての殺し屋墨余穏"と言われた張本人を目の前にして、憧れの視線を向ける。

草むらの脇で休んでいた|青鳴天《チンミンティェン》も|墨余穏《モーユーウェン》の存在に気づき、苦虫を噛み潰したような顔で言葉を投げた。

「なぜお前がここにいる! 俺が殺したはずだぞ!」

「誰がお前みたいな弱い奴に殺されるかよ! 俺はただ意識を失くしただけだ」

「何だと?! お前はあの日、確かに死んだはずだ! 俺の一撃で……」

|墨余穏《モーユーウェン》は|青鳴天《チンミンティェン》の元へ行き、言葉を遮るように目の前でしゃがみ、|青鳴天《チンミンティェン》の前髪を掴んだ。

「今日はお前に何もしないが、次はただで済むと思うなよ」

|墨余穏《モーユーウェン》は抜からぬ顔で、唾を吐き捨てるように言い放った。

すると、|青鳴天《チンミンティェン》は「クソっ!」と嘆き、恨めしそうな顔で|墨余穏《モーユーウェン》を見遣る。

そして、また負け犬の遠吠えのように叫んだ。

「お前をもう一度、必ず殺してやる!!」

「あぁ、いつでも来いよ。いつでも相手してやる」

|墨余穏《モーユーウェン》は勢いよく|青鳴天《チンミンティェン》の前髪を放ち、その場を離れた。

悔しさを滲ませ、唇を噛んでいた|青鳴天《チンミンティェン》は、鳥鴉盟の修士たちに連れられて、カラスが遠くへ飛んでいくように紫色の袍を広げて消え去った。

|阿可《アーグァ》の元に移動した|墨余穏《モーユーウェン》は、|阿可《アーグァ》の姿を見るなり顔が引き攣る……。

中身だけが抜け落ち、衣の端切れだけが残った奇妙な残影は、誰が見ても気持ちの悪いものだった。

「モ、|墨逸《モーイー》兄が向こうで話してる間に、きゅ、急に煙のようなものが出て、消えていったんだ……」

|葉風安《イェフォンアン》が口元に羽根扇子を当て、怯えながら怪談話をするかのように話す。怖いものなしの|墨余穏《モーユーウェン》は、衣の端切れを触り、手掛かりを探った。

「こいつは人間じゃないのか?」

「分からぬ。超人であることは間違いないな……」

|葉誉《イェユー》はそう言いながら立ち上がり、|葉風安《イェフォンアン》に支えられながら、衣に付いた埃をはらう。

「|阿可《アーグァ》の抜け殻は、わしが天台山へ持っていく」

|葉誉《イェユー》はそう言って、|阿可《アーグァ》の抜け殻を手に取った。また日を改めて遊びに来い、と言われ|墨余穏《モーユーウェン》は二人の背中を見送り、解散となった。

事を終えた|墨余穏《モーユーウェン》は、突然強烈な眠気に襲われ、欠伸が出始める。

(そうだ、昨日は水仙の香りに惑わされ、一睡も出来なかったんだよなぁ……)

|墨余穏《モーユーウェン》は、目を擦りながら踵を返そうと振り向いた刹那、真後ろにいた男に気づかず正面からぶつかった。

|墨余穏《モーユーウェン》の目には、襟元から青色の線が入った白い衣が映る。

水仙の甘い香りが鼻腔を通過した途端、息を呑むほど胸の鼓動が高鳴った。

|墨余穏《モーユーウェン》は恐る恐る目線を上げ、その眩しい容貌の全てを受け止める。

するとそこには、黄玉の瞳を揺らした秀麗な想い人……、

|師玉寧《シーギョクニン》が立っていた。

「|賢寧《シェンニン》兄……、久しぶり」

|墨余穏《モーユーウェン》はそう呟き、|師玉寧《シーギョクニン》に笑みを向けるやいなや、睡魔と内丹の功力が限界を迎え、|師玉寧《シーギョクニン》の胸元に倒れ込んだ。

まるで、あの時のように━︎━︎。

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Eve郁
続きが!続きが!すごく気になりますっっ🥹🥹やっとの再会どうなるのー!7話、全力で待たせていただきます!!
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