Accueil / BL / 天符繚乱 / 第六話 邂逅

Share

第六話 邂逅

Auteur: 春埜馨
last update Date de publication: 2025-09-15 10:23:40

あれから叶わぬ慕情を抱き、あれこれと思い煩っていると、気がついたら朝陽が昇っていた。

|墨余穏《モーユーウェン》は寝台から気怠く起き上がり、椅子に掛けておいた黒い衣に着替え、書いておいた呪符を胸に忍ばせて部屋を後にする。

宿屋を出てすぐ、|一枚の神通符がこちらに向かって飛んで来るのを感じた。

|墨余穏《モーユーウェン》は右手でそれを瞬時に掴み、神通符に書かれてあった文字を読む。

『|鳥鴉盟《ウーヤーモン》襲撃。至急援助を求む』

「まだ朝だぞ……。いつから鴉は夜行性じゃなくなったんだ?」

|墨余穏《モーユーウェン》は独り言を呟きながら、神通符を手で握り潰し、|緑琉門《りゅうりゅうもん》へ向かった。

昨日行った裏庭ではなく、|墨余穏《モーユーウェン》は正面の門が見える場所へ移動し、高い木の枝に登って身を潜めながら全体を見下ろした。

すると、ちょうど|青鳴天《チンミンティェン》率いる鴉の大群と、|葉風安《イェフォンアン》たちと各門派たちの数名が対峙しているのが見える。

|寒仙雪門《かんせんせつもん》の|一恩《イーエン》と|一優《イーユイ》はいるが、|師玉寧《シーギョクニン》の姿はないようだ。

|墨余穏《モーユーウェン》はどこか安心を得るように心を撫で下ろしていると、突然緑琉門の門主・|葉誉《イェユー》の怒声が境内全体に響き渡った。

「どういうつもりだ! |青《チン》少主! 娘はやらんと何度も言っているだろう! 何故こんなことをする! |天文山《てんもんざん》の掟に反するぞ!」

「ふんっ。何が掟だ! 今や力のない天文山の掟など、くだらねぇ! 生きてるか死んでるかも分からねぇ、あの盲目のジジイの言うことなど聞く必要ねぇーだろ」

黙って聞いていた|葉風安《イェフォンアン》が、声を荒げる。

「|道玄天尊《ドウゲンテンズン》を侮辱するな! お前たちのせいで三神寳が無くなった今でも、あのお方がいらっしゃるからこうして均衡を保てているのだ! お前たちの領地にも、どれだけ尽力してくださっているのか分からないのか!」

「黙れ! 貴様、誰に向かって口をきいてぇんだ! あのジジイが尽力だと? 寝言は寝て言え! 我々、鳥鴉盟を追放したのはあのジジイだぞ!」

|青鳴天《チンミンティェン》は怨色を見せながら、唾と悪声を飛ばした。怒りが収まらないといった様子で剣を鞘から抜き出し、その漆黒の刃を門派たちへ向ける。

「俺に勝てたら続きを聞いてやる。さぁ、かかってこいよ!」

|葉風安《イェフォンアン》以外は一斉に剣を抜き出し|青鳴天《チンミンティェン》に刃を向けた。|葉風安《イェフォンアン》は胸元から翠緑の羽根扇子を取り出し、バッと天を仰ぐように開く。すると、その羽根扇子から見る見る大きな風が渦を巻き始め、|葉風安《イェフォンアン》が羽根扇子を振り下ろすと同時に、鳥鴉盟の門弟たちを勢いよく吹き飛ばした!

(おいおい、どこが弱いだよ|風立《フォンリー》。強いじゃないか! )

木の上から見下ろしていた|墨余穏《モーユーウェン》は、口に葉を咥えながら関心する。

|葉風安《イェフォンアン》は負けじと攻撃を加え出した。

胸から鳥の形をした呪符を取り出し、「オウギバシ」と唱え、その呪符を羽根扇子で仰ぐようにして飛ばした。すると、呪符からオウギバシが浮き上がり、|青鳴天《チンミンティェン》を攻撃し始める。|葉風安《イェフォンアン》は、自然界のものを自由自在に操れる特殊な仙術を持ち合わせており、武力や剣術が無くとも十分に戦える相手だ。

|葉風安《イェフォンアン》が操るオウギバシは、鋭い嘴で|青鳴天《チンミンティェン》の腕や顔の皮膚を引き裂き、血が滲むような深傷を負わせていく。

しかし、突然どこからともなく飛んできた細長い二本の|蛾嵋刺《かびし》が、オウギバシの胴体を射抜いた。

オウギバシは瞬く間に地面にひれ伏し、風が去るように目の前から消えていく……。

「いやはや、そんな術があるとはね。凄いな天文山の連中は。噂通りだ」

威圧的な気配を捲し立てて突如舞い降りてきたのは、あの最強の突厥|阿可《アーグァ》だった。

「|阿可《アーグァ》殿! お待ちしておりました!」

血まみれの腕を隠しながら、|青鳴天《チンミンティェン》は|阿可《アーグァ》に迎合する。

|阿可《アーグァ》はそんな|青鳴天《チンミンティェン》を一瞥し、鼻で笑った。

「お前、弱いんだな」

|阿可《アーグァ》の侮辱とも取れる思わぬ発言に、|青鳴天《チンミンティェン》の拳に僅かな力が入ったのを、|墨余穏《モーユーウェン》は見過ごさなかった。

(完全な従順って訳ではなさそうだな)

|墨余穏《モーユーウェン》は|阿可《アーグァ》たちの様子を見ながら、枝の尖った部分で右手の甲を勢いよく滑らせ、意図的に出血させた。胸元に忍ばせておいた呪符を取り出し、垂れ下がってくる血を呪符に付着させる。

自らの血を分け与えることによって、呪符の効力は三倍に及ぶ。|墨余穏《モーユーウェン》は自分の出る幕を伺いながら、引き続きその場で様子を見守った。

「んで、こいつら全員始末すればいいのか?」

|阿可《アーグァ》は薄気味悪い笑みを浮かべて、|青鳴天《チンミンティェン》に尋ねた。

|青鳴天《チンミンティェン》は傷に触れながら頷き、脇に身を寄せる。

|葉風安《イェフォンアン》は、また羽根扇子を天に向けて仰ぎ、轟々と音立てながら風を操った。|阿可《アーグァ》と対峙した門派たちも、剣や呪符を駆使して果敢に攻めていく。

しかし、一刻もしないうちに|阿可《アーグァ》と対峙した門派たちは次々と|阿可《アーグァ》に攻撃を躱わされ、一撃を加えられてしまう。

剣を折られ立ち上げれない者、血を吐きながら倒れ込む者、|阿可《アーグァ》の威力は凄まじかった。

遂に堪忍袋が切れた|葉誉《イェユー》は、地面に|神呪《しんじゅ》を唱え、|刀印《とういん》を結んだ。

「鴉か突厥か何だか知らんが、この土地と娘は誰にも譲らん! わしを殺したければ殺せばいい。だが、お前たちも諸共死ぬように神呪を唱えた! さぁ、やってみろ!」

威勢よく|葉誉《イェユー》は言葉を放ったが、|阿可《アーグァ》は腹を抱えて笑い始めた。

「あははははっ! そんなので俺に勝てるとでも思ってるのかジジイ。俺はな、呪を解くのが得意でね。親切に唱えてくれた神呪もこれで無効だ」

|阿可《アーグァ》は|環《かん》と呼ばれる紐のついた|壁玉《へきぎょく》を首からぶら下げて見せた。

「特殊な壁玉でさ、どんな呪符も呪文も躱わせちゃうってわけ。悪いが、時間がないんだ。そろそろ終わりにしよう」

黄ばんだ歯を見せながら、|葉風安《イェフォンアン》と|葉誉《イェユー》に攻撃を加えようとした刹那、首からぶら下がっていた壁玉の穴に何者かが投げた蛾嵋刺が当たり、壁玉はバリっと砕け、蛾嵋刺はそのまま|阿可《アーグァ》の胸に突き刺さった。

|阿可《アーグァ》は口から血を吐き、胸元を庇うように倒れ込んだ。

皆、何が起きたのか分からないでいると、木陰から一人の男が一つに結った長い髪を揺らしながら歩いてくる。

「はははっ、余所者のお前も大概弱いぞ」

「|墨逸《モーイー》兄!」

|墨余穏《モーユーウェン》に気づいた|葉風安《イェフォンアン》は目を輝かせて、手を振る。

横にいた|葉誉《イェユー》は目を丸くし、

「本当に|、墨余穏《モーユーウェン》なのか……」と呟いた。

|墨余穏《モーユーウェン》は|葉誉《イェユー》に拱手をしながら近づき、「お久しぶりです、|葉《イェ》宗主」と挨拶する。

久しぶりの再会に|葉誉《イェユー》は目の淵を潤わし、|墨余穏《モーユーウェン》の腕を撫でた。

周りにいる他の門派たちも、|墨余穏《モーユーウェン》の存在を知っている者は感嘆し、知らない者は"かつての殺し屋墨余穏"と言われた張本人を目の前にして、憧れの視線を向ける。

草むらの脇で休んでいた|青鳴天《チンミンティェン》も|墨余穏《モーユーウェン》の存在に気づき、苦虫を噛み潰したような顔で言葉を投げた。

「なぜお前がここにいる! 俺が殺したはずだぞ!」

「誰がお前みたいな弱い奴に殺されるかよ! 俺はただ意識を失くしただけだ」

「何だと?! お前はあの日、確かに死んだはずだ! 俺の一撃で……」

|墨余穏《モーユーウェン》は|青鳴天《チンミンティェン》の元へ行き、言葉を遮るように目の前でしゃがみ、|青鳴天《チンミンティェン》の前髪を掴んだ。

「今日はお前に何もしないが、次はただで済むと思うなよ」

|墨余穏《モーユーウェン》は抜からぬ顔で、唾を吐き捨てるように言い放った。

すると、|青鳴天《チンミンティェン》は「クソっ!」と嘆き、恨めしそうな顔で|墨余穏《モーユーウェン》を見遣る。

そして、また負け犬の遠吠えのように叫んだ。

「お前をもう一度、必ず殺してやる!!」

「あぁ、いつでも来いよ。いつでも相手してやる」

|墨余穏《モーユーウェン》は勢いよく|青鳴天《チンミンティェン》の前髪を放ち、その場を離れた。

悔しさを滲ませ、唇を噛んでいた|青鳴天《チンミンティェン》は、鳥鴉盟の修士たちに連れられて、カラスが遠くへ飛んでいくように紫色の袍を広げて消え去った。

|阿可《アーグァ》の元に移動した|墨余穏《モーユーウェン》は、|阿可《アーグァ》の姿を見るなり顔が引き攣る……。

中身だけが抜け落ち、衣の端切れだけが残った奇妙な残影は、誰が見ても気持ちの悪いものだった。

「モ、|墨逸《モーイー》兄が向こうで話してる間に、きゅ、急に煙のようなものが出て、消えていったんだ……」

|葉風安《イェフォンアン》が口元に羽根扇子を当て、怯えながら怪談話をするかのように話す。怖いものなしの|墨余穏《モーユーウェン》は、衣の端切れを触り、手掛かりを探った。

「こいつは人間じゃないのか?」

「分からぬ。超人であることは間違いないな……」

|葉誉《イェユー》はそう言いながら立ち上がり、|葉風安《イェフォンアン》に支えられながら、衣に付いた埃をはらう。

「|阿可《アーグァ》の抜け殻は、わしが天台山へ持っていく」

|葉誉《イェユー》はそう言って、|阿可《アーグァ》の抜け殻を手に取った。また日を改めて遊びに来い、と言われ|墨余穏《モーユーウェン》は二人の背中を見送り、解散となった。

事を終えた|墨余穏《モーユーウェン》は、突然強烈な眠気に襲われ、欠伸が出始める。

(そうだ、昨日は水仙の香りに惑わされ、一睡も出来なかったんだよなぁ……)

|墨余穏《モーユーウェン》は、目を擦りながら踵を返そうと振り向いた刹那、真後ろにいた男に気づかず正面からぶつかった。

|墨余穏《モーユーウェン》の目には、襟元から青色の線が入った白い衣が映る。

水仙の甘い香りが鼻腔を通過した途端、息を呑むほど胸の鼓動が高鳴った。

|墨余穏《モーユーウェン》は恐る恐る目線を上げ、その眩しい容貌の全てを受け止める。

するとそこには、黄玉の瞳を揺らした秀麗な想い人……、

|師玉寧《シーギョクニン》が立っていた。

「|賢寧《シェンニン》兄……、久しぶり」

|墨余穏《モーユーウェン》はそう呟き、|師玉寧《シーギョクニン》に笑みを向けるやいなや、睡魔と内丹の功力が限界を迎え、|師玉寧《シーギョクニン》の胸元に倒れ込んだ。

まるで、あの時のように━︎━︎。

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Commentaires (1)
goodnovel comment avatar
Eve郁
続きが!続きが!すごく気になりますっっ🥹🥹やっとの再会どうなるのー!7話、全力で待たせていただきます!!
VOIR TOUS LES COMMENTAIRES

Latest chapter

  • 天符繚乱   第三十ニ話 永久の契り

     それから間も無くして天台山は大きな観音廟として新しく建立され、全て寒仙雪門が管轄することとなった。 三神寳と|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》は同じ廟で祀られ、かつての|香翠天尊《シィアンツイてんずん》と|深月天尊《シェンユエてんずん》も成仏するという意味で違う廟に位牌が納められた。かつての緑琉門にいた|葉風安《イェフォンアン》たちの位牌も天台山に集約され、いつでも故人を偲べるように配慮した。 それぞれの門派はというと、大篆門の門主・|高書翰《ガオシューハン》は道玄天尊の後を追うようにこの世を去り、後継者がいないという理由で大篆門は閉門となった。 金龍台門は|金冠明《ジングァンミン》が正式に門主となり、新しく家督を担ぐこととなった。あの邪教の鳥鴉盟はというと、盟主の死によって強制的に閉門。罪を犯した者は流刑され、その後も|師玉寧《シーギョクニン》が厳しく罰した。 寒仙雪門では、|墨余穏《モーユーウェン》が正式に寒仙雪門に入内し、師玉寧の伴侶となった。 |墨余穏《モーユーウェン》は相変わらず、玉庵のカウチでゴロゴロしながら、|師玉寧《シーギョクニン》の美しい横顔を眺めている。入内してからというもの、常に一緒にいる為あんなに嫌いだった一葉茶も難なく飲めるようになった。 一葉茶を喉に通すと、|墨余穏《モーユーウェン》はふと尋ねる。「ねぇ、|賢寧《シェンニン》兄。|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》が言っていたシユって人は誰なの?」「ハンリ殿から聞いた話なんだが、道玄天尊が若き頃に人攫いに遭った若き先代と幼女のハンリ殿を助けたそうだ。それからしばらく天台山で面倒を見ていたそうで、道玄天尊と先代は互いに恋慕を抱いたそうだが、叶わぬ悲恋で終わったらしい。その時抱いた悲しみとこの想いは永遠に忘れないという意味で、道玄天尊の|神漣剣《しんれんけん》と先代の|神翼鏡《しんよくきょう》、それぞれの秘宝に特殊な守護術を封じて三神寳として祀ったらしい」「へぇ〜。なんか深い愛だなぁ……」 |墨余穏《モーユーウェン》はしみじみと目を細めながら、一葉茶を啜った。 庭から入ってきた黄色い蝶が|師玉寧《シーギョクニン》の人差し指に止まる。「想いが強ければ強いほど、失う痛みは大きい。私は道玄天尊のお気持ちが凄くよく分かる」「だから、俺が死んだ後閉関してたんだ……」 黄色い

  • 天符繚乱   第三十一話 新羅の訪問者

     |香翠天尊《シィアンツイてんずん》は言うまでもなく、無惨な姿となって力尽きた。 |道玄天尊《ダオシュエンてんずん》の凄まじい威力を見せつけられた|墨余穏《モーユーウェン》と|師玉寧《シーギョクニン》は、その場で喫驚していた。 「いやはや、たまげたね〜。何という威力と人情劇なんだ。素晴らしいよ|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》さんよ。守ってきた盟主と実の妹を手に掛けるなんて、|李世《リーヨ》君といい、二人はお心が強いの〜」  ひどく感嘆した様子で拍手をするように、|呂熙《リューシー》は胸の前で鉤爪を鳴らした。 しかし、|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》はこれまでの力を使い果たしてしまったのか、突然吐血しその場に項垂れてしまった。一緒に来ていた天台山の道士たちが駆けつけるも、いつ力尽きてもおかしくない様子だ。「滑稽だなぁ。天尊と呼ばれた高貴なお方も所詮はただの人間。人間の裁量などその程度なものなのだよ」 口元を一文字に引き結んで、|呂熙《リューシー》は気怠く言う。凝り固まった首をゴリっと鳴らすと、|墨余穏《モーユーウェン》に向かって濁った目を据わらせた。「さぁ、とっとと終わらせようじゃないか」「そうだな。俺も早く終わらせて、|師玉寧《シーギョクニン》と三礼の儀をしたいからさ〜」 |墨余穏《モーユーウェン》は何の躊躇もなく真顔で言うと、その言葉を聞いていた|李世《リーヨ》は顔を顰め、「こんな奴と三礼なんて世も末だ!」と吐き捨てた。 すると、凍てつく光芒を放った剣が|李世《リーヨ》の頬を掠め、|李世《リーヨ》の背後にあった大木に勢いよく突き刺さった。「減らず口も大概にしないか」 重厚感のある低い声で、|師玉寧《シーギョクニン》は|李世《リーヨ》を凍らすように一瞬で黙らせる。 |師玉寧《シーギョクニン》の気迫に恐れ慄いたのか、|李世《リーヨ》はガタガタと歯を震わせ始め、それ以降口を閉ざした。|師玉寧《シーギョクニン》は念の為、|李世《リーヨ》の身体に字符を貼り付け、身動きを封じた。「あはははっ! 美人を怒らすと怖いってことを肝に銘じておけ、世間知らずの坊ちゃんよ〜」 |墨余穏《モーユーウェン》はケラケラとそう言い終えると、|豪剛《ハオガン》から譲り受けた剣を鞘からスルッと抜き出し、刃先を|呂熙《リューシー》に向けた。 何があっても|呂熙

  • 天符繚乱   第三十話 華陰山の乱

     懇ろな関係になった|墨余穏《モーユーウェン》と|師玉寧《シーギョクニン》は、二人で飲んだ|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》の同化呑術の効果も相まって、無敵だと言わんばかりに勢いをつけていた。 鳥鴉盟たちから決闘状が寒仙雪門に届いたのは、あれから数日経ったある日の事だった。 「いよいよだな、|墨逸《モーイー》」 「そうだね、まぁ大丈夫っしょ。俺ら最強だし。ただ、|賢寧《シェンニン》兄の好きだったお姉さんを始末しなきゃなんないからな〜。どうなるんだか」  |墨余穏《モーユーウェン》が横目に冗談めかして言うと、|師玉寧《シーギョクニン》は一葉茶を啜りながら目を細めた。 「私が好きだった? 何かの間違いではないか? 私はいつも、力を封じ込められてしまっていただけだ」 「え? 見つめていたじゃん。こう、好きで好きで堪らないって感じで〜」  相手を弄るように、|墨余穏《モーユーウェン》はジーっと|師玉寧《シーギョクニン》を見つめる。 |師玉寧《シーギョクニン》は小さく鼻息を漏らし、やれやれと言った様子で首を横に振った。「動きを止められていただけだ。その時から気づいていた。この人は、人間の動きを瞬時に止める力があるのだと。だから、そこをいかに打破するかが重要だ」 「あはははっ! 余裕だって。あの人たちには弱点があるんだ。それを全面に出せば、皆途端に弱くなる」  眉間に皺を寄せた|師玉寧《シーギョクニン》は、何を企んでいるんだ? とでも言いたげに|墨余穏《モーユーウェン》を見遣る。 「まぁ、後で見ててよ。とりあえず、突厥は崑崙山の爺ちゃん先生たちに任せて、|賢寧《シェンニン》兄はカラス達を頼むよ。そうだ、大篆門の門主は来るの?」 「いや、|高書翰《ガオシューハン》門主は来ないだろう。大病を患ったと知らせを受けた。来れたとしても|黄轅《コウエン》師範が黙っていないはずだ」 「確かに。友人を追い出した門派に情はないだろうね」 |墨余穏《モーユーウェン》は他人事のように言い終えると、書き留めておいた呪符を胸元に仕舞った。 |黄轅《コウエン》に磨いてもらった|豪剛《ハオガン》の剣も持って、|師玉寧《シーギョクニン》の支度を扉の前で待つ。 恐らくこの戦いで、長年続いた天台山の歴史は幕を下ろすだろう。今まで保たれていた統治は完全に崩壊し

  • 天符繚乱   第二十九話 翡翠泉

     目を覚ました|墨余穏《モーユーウェン》は、|黄轅《コウエン》が言っていた翡翠泉へ向かっていた。 ようやく連日連夜の修行から解放された|墨余穏《モーユーウェン》は、込み上げる疲れを感じると同時に、己の心身が一回りも二回りも大きくなっていることに気づく。 体が重くなっていることは薄々気づいてはいたが、こんなにも厚みがあっただろうか。 |墨余穏《モーユーウェン》は自分で、自分の逞しくなった二の腕や太腿を触ってみる。 |黄轅《コウエン》先生の鬼の修行は筋肥大にもなるのだなぁ、と内なる力を全面に引き出してくれた|黄轅《コウエン》に、|墨余穏《モーユーウェン》は思わず感嘆の息を漏らした。  そんな修行の成果を噛み締めながら歩いていると、生い茂る草むらから澄み切った翡翠の色をした泉が見えてきた。 少し奥へと進むと水面を激しく打ちつける滝の音が聞こえてくる。滝の側まで行くと、その辺りは白い湯気が漂っており、墨余穏は指先を泉に入れて温度を確かめた。「お、あったかいじゃないか! 珍しいな、温泉の滝なんて」 |墨余穏《モーユーウェン》は独り言を言いながら、衣を脱ぎ始めた。露わになった傷だらけの身体をゆっくり泉の中に沈め、痛みを堪える。 滝の側までゆっくり移動し、|墨余穏《モーユーウェン》はしばらく傷に染みていく痛みと戦いながら泉に浸かった。 すると、ちゃぽんと水面を鳴らしながら何者かがこちらに向かって歩いてくるのが分かった。|墨余穏《モーユーウェン》は女性かもしれないと思い、そっと滝の裏側にある空洞に身を隠した。 歩き方がゆっくりでどこかぎこちない。 女性というよりも老人か誰かだろうと様子を見ていると、白い肌をした長身の美しい男が現れた。 |墨余穏《モーユーウェン》の胸が打ち破るように高鳴った。 どうしてここに……。 どうしてここに、|師玉寧《シーギョクニン》が居るんだ?! |墨余穏《モーユーウェン》は、「何してるんだ? |賢寧《シェンニン》兄!」 と思わず叫ぶ。 目の前に突如現れた|墨余穏《モーユーウェン》を見て、師玉寧も目を丸くしていた。「傷が治ると聞いた」 「誰に?」「雲師の|黄轅《コウエン》師範に」 記憶が戻っているのだと確信した|墨余穏《モーユーウェン》は、「俺のことは分かるか?」と尋ねた。 すると、|師玉寧《シーギョクニ

  • 天符繚乱   第二十八話 修行

     翌朝、|墨余穏《モーユーウェン》は|一恩《イーエン》に|金王《ジンワン》から受け取った十包の薬を渡し、修行先である|崑崙山《こんろんざん》へ再び戻ることを伝えた。 「そんな。寒仙雪門には部屋もいくつかありますし、今すぐお戻りにならなくても……」 「いや、時間が無いんだ。|賢寧《シェンニン》兄が回復したら、すぐに鳥鴉盟のところへ行かなきゃならない。今のうちに修行しておきたいんだ」  |墨余穏《モーユーウェン》は先輩らしく、安心させるような逞しい笑みを見せて、|一恩《イーエン》の両肩を軽く叩いた。 そこまでしてどうしてですか、と肩を落とす|一恩《イーエン》に、|墨余穏《モーユーウェン》は頬を掻きながら照れ臭く言う。「好きな人の前ではカッコつけたいだろ」  賢い|一恩《イーエン》は顔と耳を瞬時に赤らめ、「そうですね」と言った。 続けて、何かを思い出したかのように、突然「あ!」と切り出す。「何だよ、急に」「|師《シー》宗主のお部屋を綺麗にしていた時、萎れた一輪の水仙が落ちていました。あれは、恐らく|墨逸《モーイー》先輩が持って来られたものですよね? 拾って小さな瓶に入れておいたら見事に咲き戻りまして……」「……」「……それを|師《シー》宗主の枕元に置いておいたら、昨日それをずっと穏やかな目で眺めてらっしゃいました。ご記憶が戻るのも時間の問題かもしれません」 |墨余穏《モーユーウェン》は少し間を置いて、「……だといいな」と言って小さく微笑んだ。記憶の片隅に残っている物を見ると、過去の記憶が蘇る話はよく聞く。|墨余穏《モーユーウェン》にも、一筋の希望の光が見えた気がした。「じゃ、|一恩《イーエン》。あとは頼んだぞ。何かあれば、また知らせてくれ」 |墨余穏《モーユーウェン》はそう言って、手を振りながら寒仙雪門を後にし、乗蹻術を放出して|黄轅《コウエン》のいる崑崙山へ向かった。 ◆ ほんの数日で戻ってきた|墨余穏《モーユーウェン》を見て、|黄轅《コウエン》は驚いた!「|墨逸《モーイー》! もういいのか?」「あ、|黄轅《コウエン》先生! いやぁ〜、それが……」 |墨余穏《モーユーウェン》は頭を掻きながら、|師玉寧《シーギョクニン》が思った以上に深刻であることを報告した。 そして一番恐れていた黒幕の正体も。「やはり、私の読み通りか。

  • 天符繚乱   第二十七話 月華

    床に落ちた萎れた水仙の花に気づかず、|墨余穏《モーユーウェン》はそれを踏み付けて、|師玉寧《シーギョクニン》のいる荒れた寝台へ向かった。 「|賢寧《シェンニン》兄、俺だよ」 |墨余穏《モーユーウェン》は愛猫を愛でるかのような表情を見せて、優しく問いかけた。 以前のように何気なく|師玉寧《シーギョクニン》の肩に触れようと手を伸ばすが、煩わしいハエでも払いのけるかのように、力強く|師玉寧《シーギョクニン》に阻止される。 「誰だ! 貴様は! 知らない者が私に勝手に触れようとするな! 穢らわしい!」 |知らない者《・・・・・》と言われた|墨余穏《モーユーウェン》は「ごめん……」と言って、僅かに震える手を引っ込めた。 |墨余穏《モーユーウェン》は小さく息を吐き、気を取り直してもう一度、|師玉寧《シーギョクニン》に話しかける。 「知らないだなんて酷いなぁ〜。|賢寧《シェンニン》兄とずっと一緒にいた|墨逸《モーイー》だよ。本当に俺のこと忘れちゃったの?」 「知らないと言ったら知らない。用がなければ早く出て行ってくれ!」 どうやら、本当に|師玉寧《シーギョクニン》は記憶を失くしてしまっているようだ。|一恩《イーエン》曰く、特定の人物だけの記憶を失くしている訳ではなく、自分が何者かであることも忘れてしまっているらしい。 |墨余穏《モーユーウェン》は窓を開け、日差しの光で輝きを放っている埃たちを外へ追いやった。 「分かった、分かった! 俺は出て行くから、その代わりこの部屋を綺麗にさせてよ。ほら、見てよ! 凄い埃。こんな所にずっと居たらその傷も治んないよ。手当てもし直したいし、あなたは少しそこのカウチに横になって休んでもらってていいから、ね? |一恩《イーエン》」 「は、はい! 私たちが全てお綺麗にしますので、お気になさらずどうぞこちらでお休みに……」 |一恩《イーエン》は鼻を啜りながら、カウチを案内するように両手を向ける。 すると、|師玉寧《シーギョクニン》は黙ったまま、腹の痛みを抑えながら寝台から足を出した。 「手を貸そうか?」と|墨余穏《モーユーウェン》は尋ねるも、|師玉寧《シーギョクニン》は「触れるな」の一点張りだった。|墨余穏《モーユーウェン》は|一恩《イーエン》に掃除道具や処置に必要なもの、身体を拭く湯などいくつか持

  • 天符繚乱   第十八話 金杭州

     |墨余穏《モーユーウェン》は胸の痛みを隠しながら、「そっか」と無理矢理笑みを作った。気まずくなるのが怖くて、墨余穏は更に言葉を続ける。「一緒に過ごせるといいね、その人と。もし、その人と|賢寧《シェンニン》兄が結婚したら、俺はちゃんと玉庵から出て行くから安心して。あ、もう出てった方がいいかな? |金王《ジンワン》先生に診てもらったら、そのまま俺は違う所へ行くよ。俺は|賢寧《シェンニン》兄が居なくても、どこでも生きていける」  鼻の奥がツンとした。 本心じゃないことを口走り、目縁がほんの少し濡れ始める。 墨余穏は師玉寧に見られないように、後ろを振り返って黒い袖で目縁を拭った。 する

  • 天符繚乱   第十七話 金華の猫

     |黄林《フゥァンリン》の後についていくと、|金龍台門《きんりゅうだいもん》の正門付近で、松明を持った人集りが見えてきた。 「何が起きたんだ?!」  眉間に皺を寄せながら|墨余穏《モーユーウェン》が黄林に尋ねると、黄林が口を開く前に|金冠明《ジングァンミン》が先に口火を切った。 「ここ最近、|金華《きんか》の猫という人間に化けた妖獣がこの周辺に出没し始め、男なら男根と金品を奪い、女なら下腹部の人肉……特に子を孕んでいる女子は母胎ごと取られるという悲惨な事件が頻発している」 「はぁ……」  |墨余穏《モーユーウェン》は顔半分を歪ませながら、その悲惨な現場を目撃する。丸裸の男

  • 天符繚乱   第十六話 金龍台門

    (何で先に行っちまったんだろ、|賢寧《シェンニン》兄は……。俺、何かしたのか? ) |墨余穏《モーユーウェン》は段々と親鳥に置いていかれた雛鳥のように寂しさを募らせ、怒りよりも疑問が膨れ上がってきた。|師玉寧《シーギョクニン》の行動が全く理解できず、|墨余穏《モーユーウェン》は自分に何か非があったのか、何か怒らせるようなことをしたのか、考えを巡らせる。 (行きに俺が冷たくあしらったからか? もしかして昨日の夜、飲めなかった一葉茶を庭先にこっそり捨てたのを知っているとか? いや、そんな単純じゃないか。ん〜……、あ、そうか! |香翠天尊《シィアンツイてんずん》が俺に触れたから、それで機嫌が

  • 天符繚乱   第十五話 天台山

    |師玉寧《シーギョクニン》にこっ酷く叱られた後、霊力を封じられた|墨余穏《モーユーウェン》は、魂魄の状態を|道玄天尊《ダォシュエンてんずん》に見てもらう為、|師玉寧《シーギョクニン》と天台山へ向かうことにした。 「ねぇ、|賢寧《シェンニン》兄〜。|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》のお力で、どうにかなるかな〜」 「それは分からない。だが、行ってみる価値はある」 これまでも数々の難題を解決してこられた天尊だ。 何か手立てを指し示してくださるかもしれない。 |墨余穏《モーユーウェン》はそんな淡い期待を胸に抱き、|師玉寧《シーギョクニン》と途切れ途切れな会話をしながら、山頂を目指し

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status